青空文庫 開拓室

青空文庫作品のあらすじと感想。ときどき考察。

『些細な事件』魯迅 — あらすじと感想 | 青空文庫のオススメ作品紹介

わたしはこれでも車夫を裁判することが出来るのか? — 魯迅『些細な事件』より

 

こんにちは、world is aozoraです。

 

先日、物置の奥から、小学校6年生の時の日記帳を発見しました。

懐かしさにページをめくってみると、目に飛び込んできたのは、組体操の練習態度をめぐる所感。

 

もう全く覚えていないのですが、当時の私は、クラスの一部が練習に真面目に取り組んでいないことに憤り、全員が心を一つにして良い発表をするべきだと考えていたようです。そして日記の結びでは、次からは他の子たちにも一生懸命頑張ってもらえるように、こちらから働きかけようと決意を新たにしていました。

 

私、思わずここで拒否反応を示して、ページを閉じてしまいました。

 

「なんて意識高い系で鬱陶しい奴なんだ、過去の自分…」

 

何にどのぐらいの熱量を注ぎたいかは人それぞれ。他の生徒がどう取り組もうと、彼らの勝手。放っておけばいいのです。

注意したって自分に利益は一つもないし、余計な面倒ごとに発展するだけですから。

昔の自分ときたら、そんなことも分からなかったのでしょうか。

 

昔の自分が、今の自分とは真逆の考え方をしていることに、大きな衝撃を受けました。まあ、それだけ成長したということなのでしょうね。

 

しかし、よくよく考えてみると、これって、昔の私が今の私よりも真面目でひたむきだったことの表れではないかとも思います。それが大人になるにつれて、いつの間にか捻くれて、自分中心的な冷たい考え方をするようになってしまった。

 

成長とは「何かを得ること」だと考えがちですが、もしかすると何かを得た代償に、「もともと持っていた何かを失うこと」でもあるのかもしれませんね。

 

 

さて、本日紹介する小説は、苦難の人生を生き抜く中で「大切な何か」を失ってしまった人が主役の短編です。

 

タイトルは『些細な事件』。作者は『故郷』などで有名な魯迅です。

一体どんなお話なのか、早速見ていきましょう。

 

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『狂人日記』魯迅 あらすじと感想 | 青空文庫のオススメ作品紹介

彼等はわたしを食いたいと思っている。  魯迅『狂人日記』より

こんにちは、world is aozoraです。

 

私は中学生の頃、毎日、日記を書いていました。

ただし、普通の日記ではありません。

 

私が書いていたのは「空想日記」。その日、実際には起こらなかったことを、あたかも体験したかのように記録するのです。

 

書いているときは、まるで一人称小説をしたためている気分になるのですが、出来上がった文章はなかなかの曲者。

 

登場人物の説明なし。

出来事の詳細な説明なし。

極め付けには、特にこれといって面白い場面もクライマックスもなし。

 

小説と呼ぶには、あまりにもずさんな仕上がりです。

 

それでも、毎日欠かさず、なんとも形容しがたい文章を書き続けていました。

今思えば、狂気の沙汰です。

もっと他に、やることあっただろうに・・・。

 

ま、いい思い出なので、後悔はしてないんですけどね(笑)

 

というわけで(?)、今日は魯迅狂人日記という作品を紹介していきます。

タイトルの通り、少々頭のネジが外れた人物の日記が綴られている小説です。

 

どんな内容なのか、さっそく見ていきましょう!

 

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作品の基本情報

タイトル
狂人日記(読み方:きょうじんにっき)

作者
魯迅(読み方:ろじん)(Wikipedia

作者の出身地:
中国(浙江省

翻訳者:
井上紅梅(読み方:いのうえ こうばい)(Wikipedia

読了目安時間
20分〜25分

文章の読みやすさ:★★☆☆☆

仮名遣いは現代と同じですが、原文が中国語である影響か、全体的に漢字多めな印象です。ときどき読みづらい漢字出てきます。

乃公おれとか、趙貴翁チョウじいさんとか。

ルビは振ってあるので、慣れれば問題なく読めますよ!

あらすじ

中学時代の友人の弟が、大病を患っているという知らせを聞いた「わたし」は、久しぶりに故郷へ帰省する。しかし、友人に会いに行ったところ、「弟はもう病から回復し、今は遠い地で仕事に就いている」と告げられた。

入れ違いになってしまったことを笑いながらも、友人は「わたし」に2冊の日記を差し出す。それは、病に苦しんでいる間に弟が描いていたという日記だった。

友人曰く、弟は全快後、日記にこんなタイトルをつけたという。

狂人日記」と・・・・・・

 

【結末まで知りたい方向け】 あらすじ続き

 

日記を開いてみると、そこには病の顛末が十三日にわたって記されていた。

内容を見るに、どうやら友人の弟が冒されていたのは「迫害狂」(= 現代でいうところの被害妄想)のようである。

 

日記の冒頭で、友人の弟は村の人々が自分に向ける視線に、違和感を感じていた。皆が異様な、恐ろしい目つきをしながら、彼の動向を密かに伺っているのだ。

数日間の思索ののち、彼は違和感の正体をこう結論づける。

「彼らは俺を食おうとしているんだ」

 

実際彼は「近くの村で悪人が打ち殺され、その心臓を抉り出して食べた者がいる」という噂を4, 5日前に聞いたばかりだった。それに去年だって、城内で罪人が殺されたとき、その血をまんじゅうに浸して食べていたやつがいたはずだ。

 

彼はこうして、村の人々は皆、食人をしていると確信する。このままではいけないと考えた彼は、手始めに、自分の兄に食人をやめるよう改心させることに決めた。

 

しかし、村の人々も兄も、食人の事実を認めようとしない。それどころか、彼のことを狂人扱いして、まともに取り合わない。最終的に彼は、自分の部屋に監禁されてしまった。

 

閉じ込められた数日間、彼は過去のことを思い返す。そういえば、妹が死んだときも、兄の様子は不審だった。きっと彼が食べてしまったに違いない。いや、もしかすると彼はその肉を、こっそり料理に混ぜて他の人にも、あるいは自分にも食べさせたかもしれないのだ。

そう気づいた彼は、自分はすでに食人の罪を犯しており、食べられても仕方がないのだと絶望する。村の人々も同様、一度でも人を食したことのある人間は、二度とまともな人間にはなれないのだ、と。

人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。  
救えよ救え。子供……

そんな意味深な言葉を残して、日記は終わっていた。

 

感想

詳しい内容は小説本編を読んでいただくとして、ここからは感想戦です。

盛大にネタバレを含んでいますので、未読の方はご注意ください。

(なんなら、本編を読んでいただいてからの方が、楽しめる内容かもしれません)

 

。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。

 

本文中で「弟くんが患っていたのは迫害狂だろう」と言及がありましたが、迫害狂とは、現代風にいうと「被害妄想」のこと。

友人の弟は、「村人たちに自分が食べられてしまう」と恐れ慄いていたわけですが、村人たちから見ると「精神的に病んでいる」と思われてしまったわけですね。

 

正直、当然といえば当然です。私も周囲にこんな人がいたら、「正常な精神状態ではないんだろうな」と思ってしまいます。

 

さて、そんな弟くんが残した日記は、全体的に「食われてしまう」という恐怖でいっぱいです。が、ところどころ胸を打つシーンもあります。

例えば、あらすじで引用していたこの部分。

人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。
救えよ救え。子供……

これは、最終日の日記の全文です。

 

ストーリー内容を鑑みて意訳すると、『自分はもう(無意識のうちに)人を食べてしまっているから、他の人に食べられたとしても文句を言える立場ではない。でもせめて、まだ食人をしたことのない子供たちだけでも、悪しき因習から助け出してあげたい』という感じでしょうか。

 

弟くんの切実な思いが、短い文章に凝縮されていました。

 

さすが、はるばる海を超え、著作権が切れてもなお愛される作品。

1文1文に込められた感情の深さの、レベルが違うぜ!

 

と、読了後の余韻にしばし浸っていた私。

しかし、感動できたのは束の間で、ある疑念が心のうちに芽生えてきます。

 

あれ、日記って、ここで終わりなの?

弟くんの病気、治ってなくない?

 

最初のシーンで友人の兄は「弟はもう病気が治り、今は遠方に赴任している」と言っていました。にも関わらず、日記のラストは絶望感でいっぱい。弟が精神的に立ち直った形跡は、微塵もありません。

 

つまり、どういうことかというと、弟くんは「病気が治っていないのに、姿を消した」可能性もあるということです。

 

もしそうだとすると、彼は一体なぜ、姿を消したのでしょう。

 

少なくとも、病気が治っていない状態の弟に、遠方での仕事を任せられるとは思えません。しかし一方、別な理由で留守なのであれば、兄もそう答えるでしょう。わざわざ「遠方に赴任した」なんて嘘をつく必要はありません。

 

あえて嘘をついたとするならば、兄は弟の安否について、何か隠していると疑わざるをえなくなります。

 

・・・・・・もしかすると、弟くんが訴え続けた「村人たちに食われてしまう」という主張。

被害妄想ではなく、案外「本当のこと」だったのかもしれませんね。

 

(||゜Д゜)ひぃぃぃ

 

 

まとめ

本記事では、魯迅の『狂人日記』のあらすじと感想を書かせていただきました。

この記事を通して、少しでも彼の作品に興味を持ってくれる人がいらっしゃれば幸いです。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 


改めまして、作品URLはこちら↓

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おまけ:『狂人日記』が好きな人にオススメの作品!

このコーナーでは、world is aozoraの独断と偏見で、『狂人日記』が好きな人が気に入りそうな作品を推薦します。

次に読む本に困っているそこのあなた!

騙されたと思って読んでみてください。

オススメ1:『薬』魯迅

魯迅の別作品のご紹介です。

狂人日記』には「去年だって、城内で罪人が殺されたとき、その血をまんじゅうに浸して食べていたやつがいたはずだ」という趣旨のことが書かれていましたが、『薬』はそのまんじゅうを食べた人のお話です。

 

ところで調べてみると、当時の中国では病気を治す『薬』として、人体の一部を用いる風習があったようですね(Wikipedia)。

人を食べるのも、あながちありえない話ではなかったのかも・・・?

 

そう考えるとますます、『狂人日記』の展開の不穏さが増してくる気がします。

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オススメ2:『狂人日記』ギ・ド・モーパッサン

続いてのオススメは、全く同じ題名の、別の作家さんの作品。

魯迅の『狂人日記』は「自分が殺されてしまう」という恐怖に狂わされた人のお話でしたが、モーパッサンの『狂人日記』は逆・・・・・・そう、「殺したくてたまらなくなっていく」人のお話です。

高等法院長として、数々の犯罪者を死刑にしてきた主人公が、徐々に殺人欲求を抑えられなくなっていきます。彼の辿る結末は — 。

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『愛撫』梶井基次郎 あらすじと感想 | 青空文庫のオススメ作品紹介

猫の耳というものはまことにおかしなものである。 梶井基次郎『愛撫』より

 

こんにちは、world is aozoraです。

 

猫ちゃんって可愛いですよね💞

我々人類は日々、メイクをして、着飾って、ようやく「可愛い」の称号を手に入れられるというのに、ニャンコときたら、ただ生きているだけでも可愛い。

 

なぜなんだ、猫。

なぜそんなに可愛いんだ。

 

ふわふわな毛並みか? それとも耳? 

一体どこに可愛さの秘密を隠している?!

 

・・・さて、そんな摩訶不思議な存在「猫」ですが、この子達について語っている小説があります。

 

梶井基次郎の『愛撫』です。

 

隙あらば梶井語りをしてしまう私ですが、今日も懲りずに紹介していきたいと思います!

 

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2024年6月に読んだ小説まとめ | 青空文庫のオススメ作品紹介

 

こんにちは、world is aozoraです。

 

読者の皆さん、お気づきですか?

もう7月になったらしいですよ。

 

早いですね。

 

ミヒャエル・エンデの『モモ』のごとく、時間を盗まれているとしか思えない異常な速さに感じます。

 

さて、一瞬で過ぎ去った6月。

その間に自分が何を読んだのか、備忘録も兼ねて、作者別にリストアップしてみたいと思います。

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『二十六夜』宮沢賢治 — あらすじと感想 | 青空文庫のオススメ作品紹介

 

諸君は、『二十六夜待ち』という行事を御存じだろうか?

御存じない。それは大変残念である。

 

では諸君は、二十六夜と呼ばれる日に、疾翔大力しっしょうたいりき爾迦夷るかゐ波羅夷はらゐの三尊がおいでなさることも御存じあるまい。

 

そして諸君は、かの尊き疾翔大力しっしょうたいりきの――あ、諸君はかの尊き疾翔大力しっしょうたいりきを御存知であろうか?

 

御存じない。

ああ、それは大変残念である。

 

では諸君は、まず宮沢賢治『二十六夜を一読しなければなるまい・・・・・・

 

 

 

こんにちは、world is aozoraです。

ここまで、坂口安吾の『風博士』のオマージュをお送りしてきましたが、いかがだったでしょうか。

おそらく、全く頭に入ってこなかったと思います(笑)。

 

というわけで、改めまして。

皆さんは『二十六夜待ち』とは何か、御存じでしょうか。

 

これは、毎年、旧暦の 1月26日 と 7月26日 の夜に、お月様に向けてお祈りをするという、江戸時代に行われていた仏教行事です。

 

十六夜の日には、彌陀・観音・勢至という三人の仏様が月光の中に姿を現すと言われているそうですよ。

 

本日紹介するのは、そんな二十六夜を題材にした小説です。

タイトルは、ズバリ、『二十六夜』。

 

ただしこの小説では、二十六夜に姿を現すのは、彌陀・観音・勢至ではありません。

なんとあの、疾翔大力しっしょうたいりき爾迦夷るかゐ波羅夷はらゐの三人なのです!・・・・・・

 

「いや、誰だよ」って感じですよね(笑)

 

それもそのはず。

実はこの三人、人間ではなく、フクロウたちが信じている神様なのです。

 

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『煙草と悪魔』芥川龍之介 — あらすじと感想 | 青空文庫のオススメ作品紹介

あなたの体と魂とを、
貰ひますよ。 芥川龍之介『煙草と悪魔』より

 

こんにちは、world is aozoraです。

 

ずいぶんと暑くなってきましたね。

外に出るのが億劫なほどの気温ですが、ナスやトマトなどの夏野菜が手に入りやすくなってきたのは嬉しいポイントです。

 

さて、そんなナスといえば、実は意外な仲間がいるのをご存知ですか?

そう、「タバコ」です。

 

タバコは、ナス科タバコ属の植物。

南アメリカの熱帯地方が原産です。

 

では、タバコはいつ、誰が日本に持ち込んだのでしょう。

 

JT(日本たばこ産業株式会社)のホームページを見てみると、なんと意外や意外。

明確な記録が残っておらず、「諸説あり」とされているようです。

 

ポルトガル人が鉄砲とともに伝えた、とか

いやいやスペイン人が持ってきたんだ、とか。

 

様々な説がある中で、一人、異色の説を唱えている人を発見しました。

あの、芥川龍之介です。

 

彼は『煙草と悪魔』という作品の中で、こう結論づけています。

「タバコは悪魔が持ってきたのだ」と・・・・・・。

 

一体どんな作品なのか?

本記事では『煙草と悪魔』 のあらすじを紹介し、感想を共有していきます。

 

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