美しい満開の桜。
その下には死体が眠っている。
多くの小説で登場する、定番フレーズですよね。
私が昔読んだミステリー小説でも、探偵が同じようなことを言っていました。
しかし、この印象的な表現には、元ネタがあるのはご存知でしょうか?
それが本日紹介する小説、『桜の樹の下には』です。
この記事では『桜の樹の下には』のあらすじと、実際に読んでみた感想を共有していきます。
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作品情報
タイトル:桜の樹の下には
読了目安時間:5分~10分
あらすじ(ネタバレなし)
主人公の「俺」は、興奮した口調で「おまえ」に向かって語りかけた。
桜の樹の下には 屍体 が埋まっている!
なぜ「俺」はそんな結論に辿り着いたのか?
彼の語る真意とは ——
執筆の背景
梶井基次郎が『桜の樹の下には』の構想を思いついたのは、肺結核の療養のため伊豆の湯ヶ島温泉に滞在していた頃と言われています。
東京の下宿生活とは打って変わり、湯ヶ島周辺の豊かな自然は梶井氏にとって新鮮な風景でした。 彼は野生動物や昆虫を観察したり、植物を眺めたりして、日々を過ごしていきます。
もちろん、この作品の主題である桜も彼の観察対象の1つでした。 宿泊していた旅館「湯川屋」の近くにはソメイヨシノが咲き誇っていたそうですよ。
さて。東京へ戻った後も、梶井氏は物語のアイデアを温め続けていました。
しかし、病状が悪化し実家へ帰郷した頃に、詩誌『詩と詩論』への寄稿依頼を受けます。
これをきっかけに、彼は作品の執筆を本格的に開始することになりました。
感想(ネタバレあり)
詳しいストーリーは小説本編を読んでいただくとして、ここからは私が気に入っている点(推しポイント)をいくつかピックアップしていきます。
盛大にネタバレを含んでいますので、未読の方はご注意ください。
(なんなら、本編を読んでいただいてからの方が、楽しめる内容かもしれません)
推しポイント1:生命と死。作品に隠されたメッセージが深い!
推しポイント1つ目は、作品全体が読者に伝えているメッセージです。
この作品からの強いメッセージといえば、まず冒頭のこの1文が挙げられます。
桜の樹の下には 屍体 が埋まっている!
作品を読む前、私はこのフレーズを「見ていて不安になる程」または「この世のものとは思えないぐらい」桜の花が美しいことを喩えていると解釈していました。
しかし、作品を読み終えた今、改めてフレーズの意味を考えると、桜の美しさではなく、「死体」という存在こそがこのフレーズの主役だと感じます。
このような印象の変化は、主人公が「桜の樹の下には死体がある」と考えた理由にありました。
プチ考察:なぜ「桜の樹の下には死体がある」と主人公は考えたのか?
なぜ「桜の樹の下には死体がある」のか。
色々な解釈がありますが、私は「死を知っているからこそ、生命をはっきりと捉えることができる」と主人公が考えているからだと思います。
ここでいう「生命」とは、うぐいすや木の若芽、四十雀、そして咲き誇っている桜などのこと。
小説中の文章を借りると、
人の心を
撲 たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさ
を持っているものたちです。
しかしこれらの美しいものたちは、ただ存在するだけでは
もうろうとした心象に過ぎない
と主人公は言っています。
そして彼曰く、それが本当に美しくなるのは、残酷な「死」が近くに潜んでいるときなのです。
生と死。
その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る
つまり、生と死という正反対の感覚を対比するとき初めて、生の本当の美しさに気がつくのです。
もし死体が埋まっていないのなら、桜の花はあれほど美しくは見えず、ただぼんやりとした心象に過ぎないだろう。
木の根っこに死体が埋まっているからこそ、桜の花は美しいのだ。
死を意識するからこそ、生は美しいのだ!
主人公がそう語りかけているように、私は感じました。
推しポイント2:読み手によって大きく印象が変わる内容
面白いなと思ったポイント2つ目は、文章全体の印象についてです。
先ほど推しポイント1で述べた考察が正しければ、主人公は「死が近くに迫っているからこそ、生は美しい」と考えているようです。
たしかに命に限りがあるからこそ、何気ない日常が大切に思えてきたり、一生懸命に生きる姿に感動したりするものです。それに「死があるからこそ人生は美しい」みたいなセリフは色々な作品でよく見かけますよね。
しかし主人公は、以下のようなことも言っています。
根本に死体が埋まっていない桜の美しさは、信用できないものであり、空虚なものだ。
これは、一般的な死生観とは少し異なる特異な考えではないでしょうか。
根元に死体が埋まっていなくても、桜の花は美しい。
いや、むしろ死体なんて埋まっていない方が、よっぽど美しい。
(ましてや腐乱して虫がたかった死体の上で、花見なんて絶対ムリ・・・!)
そう思う人も、きっと沢山いらっしゃいますよね。
こんなふうに、桜の美しさに対する読者の意見は、大きく分かれると思います。
主人公の主張に賛成できる読者さんからすると、この作品は「あー、そうだよね。わかる、わかる」と納得できる内容です。
しかし、そうでない読者さんにとっては、桜の下に腐乱死体があったり、薄羽カゲロウという虫の死体が水面にびっしり浮いていたり、終始「不気味」に映るのではないでしょうか。
この認識のズレは、おそらく梶井氏も意識しながら執筆したのだと思います。
だからこそ、主人公が桜と死体について嬉々として語っている目の前で、「おまえ」は冷や汗をかいて恐れているのです。
・・・・・・と、ここまではあくまで私見ですが、なんにせよ、読み手の感性によって受け取る印象が大きく変わる、秀逸な作品だと感じました。
まとめ
本記事では、梶井基次郎の『桜の樹の下には』のあらすじと感想を書かせていただきました。
この記事を通して、少しでも彼の作品に興味を持ってくれる人がいらっしゃれば幸いです。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
改めまして、作品URLはこちら↓
おまけ:『桜の樹の下には』が好きな人にオススメの作品
このコーナーでは、world is aozoraの独断と偏見で、『桜の樹の下には』が好きな人が気に入りそうな作品を推薦します。
次に読む本に困っているそこのあなた!
騙されたと思って読んでみてください。
オススメ1:冬の蝿 | 梶井基次郎
梶井氏の別の小説のご紹介です。
とある冬。
病気で苦しむ主人公の部屋に、何匹かの
蝿の観察を通して、主人公が見い出したものとは。
『桜の樹の下には』とは、異なる生死観を垣間見られる一作です。
オススメ2:ある自殺者の手記 | ギ・ド・モーパッサン
こちらは有名なフランスの小説家である、モーパッサン氏の作品。
ある日、なんの不自由もない満たされた生活を送る老人が、突如として拳銃自殺します。
彼はどうして自殺したのでしょうか。
残された遺書には、意外な理由がしたためられていますした。
人を死に駆り立てる衝動を繊細に捉えた、素晴らしい作品です。