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『狂人日記』魯迅 あらすじと感想 | 青空文庫のオススメ作品紹介

彼等はわたしを食いたいと思っている。  魯迅『狂人日記』より

こんにちは、world is aozoraです。

 

私は中学生の頃、毎日、日記を書いていました。

ただし、普通の日記ではありません。

 

私が書いていたのは「空想日記」。その日、実際には起こらなかったことを、あたかも体験したかのように記録するのです。

 

書いているときは、まるで一人称小説をしたためている気分になるのですが、出来上がった文章はなかなかの曲者。

 

登場人物の説明なし。

出来事の詳細な説明なし。

極め付けには、特にこれといって面白い場面もクライマックスもなし。

 

小説と呼ぶには、あまりにもずさんな仕上がりです。

 

それでも、毎日欠かさず、なんとも形容しがたい文章を書き続けていました。

今思えば、狂気の沙汰です。

もっと他に、やることあっただろうに・・・。

 

ま、いい思い出なので、後悔はしてないんですけどね(笑)

 

というわけで(?)、今日は魯迅狂人日記という作品を紹介していきます。

タイトルの通り、少々頭のネジが外れた人物の日記が綴られている小説です。

 

どんな内容なのか、さっそく見ていきましょう!

 

作品URLはこちら↓

www.aozora.gr.jp

作品の基本情報

タイトル
狂人日記(読み方:きょうじんにっき)

作者
魯迅(読み方:ろじん)(Wikipedia

作者の出身地:
中国(浙江省

翻訳者:
井上紅梅(読み方:いのうえ こうばい)(Wikipedia

読了目安時間
20分〜25分

文章の読みやすさ:★★☆☆☆

仮名遣いは現代と同じですが、原文が中国語である影響か、全体的に漢字多めな印象です。ときどき読みづらい漢字出てきます。

乃公おれとか、趙貴翁チョウじいさんとか。

ルビは振ってあるので、慣れれば問題なく読めますよ!

あらすじ

中学時代の友人の弟が、大病を患っているという知らせを聞いた「わたし」は、久しぶりに故郷へ帰省する。しかし、友人に会いに行ったところ、「弟はもう病から回復し、今は遠い地で仕事に就いている」と告げられた。

入れ違いになってしまったことを笑いながらも、友人は「わたし」に2冊の日記を差し出す。それは、病に苦しんでいる間に弟が描いていたという日記だった。

友人曰く、弟は全快後、日記にこんなタイトルをつけたという。

狂人日記」と・・・・・・

 

【結末まで知りたい方向け】 あらすじ続き

 

日記を開いてみると、そこには病の顛末が十三日にわたって記されていた。

内容を見るに、どうやら友人の弟が冒されていたのは「迫害狂」(= 現代でいうところの被害妄想)のようである。

 

日記の冒頭で、友人の弟は村の人々が自分に向ける視線に、違和感を感じていた。皆が異様な、恐ろしい目つきをしながら、彼の動向を密かに伺っているのだ。

数日間の思索ののち、彼は違和感の正体をこう結論づける。

「彼らは俺を食おうとしているんだ」

 

実際彼は「近くの村で悪人が打ち殺され、その心臓を抉り出して食べた者がいる」という噂を4, 5日前に聞いたばかりだった。それに去年だって、城内で罪人が殺されたとき、その血をまんじゅうに浸して食べていたやつがいたはずだ。

 

彼はこうして、村の人々は皆、食人をしていると確信する。このままではいけないと考えた彼は、手始めに、自分の兄に食人をやめるよう改心させることに決めた。

 

しかし、村の人々も兄も、食人の事実を認めようとしない。それどころか、彼のことを狂人扱いして、まともに取り合わない。最終的に彼は、自分の部屋に監禁されてしまった。

 

閉じ込められた数日間、彼は過去のことを思い返す。そういえば、妹が死んだときも、兄の様子は不審だった。きっと彼が食べてしまったに違いない。いや、もしかすると彼はその肉を、こっそり料理に混ぜて他の人にも、あるいは自分にも食べさせたかもしれないのだ。

そう気づいた彼は、自分はすでに食人の罪を犯しており、食べられても仕方がないのだと絶望する。村の人々も同様、一度でも人を食したことのある人間は、二度とまともな人間にはなれないのだ、と。

人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。  
救えよ救え。子供……

そんな意味深な言葉を残して、日記は終わっていた。

 

感想

詳しい内容は小説本編を読んでいただくとして、ここからは感想戦です。

盛大にネタバレを含んでいますので、未読の方はご注意ください。

(なんなら、本編を読んでいただいてからの方が、楽しめる内容かもしれません)

 

。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。

 

本文中で「弟くんが患っていたのは迫害狂だろう」と言及がありましたが、迫害狂とは、現代風にいうと「被害妄想」のこと。

友人の弟は、「村人たちに自分が食べられてしまう」と恐れ慄いていたわけですが、村人たちから見ると「精神的に病んでいる」と思われてしまったわけですね。

 

正直、当然といえば当然です。私も周囲にこんな人がいたら、「正常な精神状態ではないんだろうな」と思ってしまいます。

 

さて、そんな弟くんが残した日記は、全体的に「食われてしまう」という恐怖でいっぱいです。が、ところどころ胸を打つシーンもあります。

例えば、あらすじで引用していたこの部分。

人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。
救えよ救え。子供……

これは、最終日の日記の全文です。

 

ストーリー内容を鑑みて意訳すると、『自分はもう(無意識のうちに)人を食べてしまっているから、他の人に食べられたとしても文句を言える立場ではない。でもせめて、まだ食人をしたことのない子供たちだけでも、悪しき因習から助け出してあげたい』という感じでしょうか。

 

弟くんの切実な思いが、短い文章に凝縮されていました。

 

さすが、はるばる海を超え、著作権が切れてもなお愛される作品。

1文1文に込められた感情の深さの、レベルが違うぜ!

 

と、読了後の余韻にしばし浸っていた私。

しかし、感動できたのは束の間で、ある疑念が心のうちに芽生えてきます。

 

あれ、日記って、ここで終わりなの?

弟くんの病気、治ってなくない?

 

最初のシーンで友人の兄は「弟はもう病気が治り、今は遠方に赴任している」と言っていました。にも関わらず、日記のラストは絶望感でいっぱい。弟が精神的に立ち直った形跡は、微塵もありません。

 

つまり、どういうことかというと、弟くんは「病気が治っていないのに、姿を消した」可能性もあるということです。

 

もしそうだとすると、彼は一体なぜ、姿を消したのでしょう。

 

少なくとも、病気が治っていない状態の弟に、遠方での仕事を任せられるとは思えません。しかし一方、別な理由で留守なのであれば、兄もそう答えるでしょう。わざわざ「遠方に赴任した」なんて嘘をつく必要はありません。

 

あえて嘘をついたとするならば、兄は弟の安否について、何か隠していると疑わざるをえなくなります。

 

・・・・・・もしかすると、弟くんが訴え続けた「村人たちに食われてしまう」という主張。

被害妄想ではなく、案外「本当のこと」だったのかもしれませんね。

 

(||゜Д゜)ひぃぃぃ

 

 

まとめ

本記事では、魯迅の『狂人日記』のあらすじと感想を書かせていただきました。

この記事を通して、少しでも彼の作品に興味を持ってくれる人がいらっしゃれば幸いです。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 


改めまして、作品URLはこちら↓

www.aozora.gr.jp

 

おまけ:『狂人日記』が好きな人にオススメの作品!

このコーナーでは、world is aozoraの独断と偏見で、『狂人日記』が好きな人が気に入りそうな作品を推薦します。

次に読む本に困っているそこのあなた!

騙されたと思って読んでみてください。

オススメ1:『薬』魯迅

魯迅の別作品のご紹介です。

狂人日記』には「去年だって、城内で罪人が殺されたとき、その血をまんじゅうに浸して食べていたやつがいたはずだ」という趣旨のことが書かれていましたが、『薬』はそのまんじゅうを食べた人のお話です。

 

ところで調べてみると、当時の中国では病気を治す『薬』として、人体の一部を用いる風習があったようですね(Wikipedia)。

人を食べるのも、あながちありえない話ではなかったのかも・・・?

 

そう考えるとますます、『狂人日記』の展開の不穏さが増してくる気がします。

www.aozora.gr.jp

オススメ2:『狂人日記』ギ・ド・モーパッサン

続いてのオススメは、全く同じ題名の、別の作家さんの作品。

魯迅の『狂人日記』は「自分が殺されてしまう」という恐怖に狂わされた人のお話でしたが、モーパッサンの『狂人日記』は逆・・・・・・そう、「殺したくてたまらなくなっていく」人のお話です。

高等法院長として、数々の犯罪者を死刑にしてきた主人公が、徐々に殺人欲求を抑えられなくなっていきます。彼の辿る結末は — 。

www.aozora.gr.jp

 

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